約束したのは橋のたもと。待ち合わせだ。
「初めまして。そちらに入学したいと考えているのですが、お話を聞かせてもらえないでしょうか」
と電話をしたのは、一週間ほど前のこと。
ゴールデンウイーク明けから予備校に通おうと考えたから。
「駅の改札を出て、北口の商店街を進んでください。最初の右折、曲がると川が見えます。橋のところで会いましょう」
「わかりました。どうぞよろしくお願いします」
自宅から少し遠い。電車に揺られて行くことになる。
少人数制の予備校、というだけで決めた。
もともと大手の予備校の授業にも雰囲気にも、ついていけないのは明確だったので、最初から小さめのところがいいと考えていた。
約束の当日、言われた通りに駅を出て、それらしい商店街を見つけた。
横断歩道を渡って進むと、小さな看板がいくつも見えてくる。夜は賑わうことだろう。喫茶店らしい店構えが何軒かあって、大きなガラス窓を覗いてみたら自分の姿が映し出された。鏡のようにピカピカ。
「よし。がんばれよ」
と、映った自分に無言でエールを送る。うん、がんばるよ。脳内の独り言。
最初の曲がり角は、本当にすぐのとこだった。あっというま。近いじゃないか。
川は溪谷のように深く、大きくなかったけれども空が広く感じられる。コンクリートで固められていて、どこか荒涼とした淋しさを感じたけれども今の自分には最適だな、と感じた。
橋のたもとに読めないながらも文字が刻まれていた。橋の名前か川の名前だろう。そのまま橋の上に出ると、向こうから一人のスーツ姿の男性が。道を曲がってから、他に人の姿はないので、約束の人だろうと理解した。
予備校の先生か、事務の人か、こちらを見ている。目があう。そのまま距離が近づいていく。自分では歩くスピードが早い方だと自覚しているが、相手の方が少しだけ早い気がする。歩幅が広いのかもしれないな、と考えた瞬間に、
名前を訊かれた。立ち止まる。
「はい。そうです」と答えて、「よろしくお願いします」と会釈した。
「迷わなかった?」と訊かれる。
「はい。電話で言われた通りでした」
「ならよかった。ぼくは現代文を担当している藤原です。よろしく」
「よろしくお願いします」
電話で話した人だ。
「この街に来たことは?」
「初めてです」
「そっか。駅は賑わうけど、このへんは静かだから。落ち着いて勉強できるよ」
確かに静かだ。ときおり電車が通る音だけ、響き渡る。川の流れは聞き取れない。橋を渡りきると、川沿いに歩く。
「ここの一階だよ」
案内されたのは、まだ新しそうなマンションに見えた。
予備校のスタートラインに立ったのは、18才の誕生日前だった。